ケツァルコアトルの神殿
シウダデラの広場の東側にはケツァルコアトルの神殿(「羽毛のあるヘビの神殿」とも呼ぶ)がある(図 3-1-1)。この神殿は、一辺約65m、高さ20m、テオティワカンで3番目に大きな建造物であり、その特徴は、基壇全面部に「羽毛のあるヘビ」の彫刻が刻まれ、建築様式もタルー・タブレロ様式を持つことである(図3-3-1、3-3-2)
ケツァルコアトルの神殿の発掘
ケツァルコアトルの神殿は、1918年に、メキシコ人考古学者マニュエル・ガミオによって初めて調査、修復が行なわれ、その後メキシコの国立人類学歴史学研究所によるシウダデラやこの神殿の発掘修復が大規模に行なわれた(1980年~1982年)。そして、1988年から89年には、国立人類学歴史学研究所とアメリカのブランダイズ大学、アリゾナ州立大学による共同プロジェクトが実施され、神殿内のトンネル発掘および神殿の周辺の調査が行なわれた。
神殿の内部およびその周辺から、25基の墓、合計 137体の人骨が発見された。被葬者は未発掘のものも含めて200体ほどあると推測されている。この調査に加わった杉山氏によると、これらの墓は、被葬者の多くが後ろ手に縛られていることから神殿建立時に生贄にされた神官―戦死グループの人身供犠の墓と解釈された。また、墓に含まれていた豪華な副葬品、埋葬様式、基壇部の彫刻などから、この神殿は軍事的色彩をもつ王権の象徴として建てられたと解釈されている(杉山 2000)。
ケツァルコアトルの神殿の図像の解釈
<石彫の構成>
タブレロ部分に描かれている図像
羽毛の蛇の胴体、貝(浅浮き彫り)
羽毛の蛇の頭、四角い頭(高浮き彫り)
タルー部分に描かれている図像
羽毛の蛇の全身像(浅浮き彫り)
<従来の図像の解釈>
タルー部分に描かれている「羽毛の蛇の全身像」およびタブレロ部分に描かれている「羽毛の蛇の頭と胴体」、「貝」に関しては、多くの研究者の認めるところである。問題は、タブレロ部分に描かれている「四角い頭」の解釈である。
この「四角い頭」は、当初トラロックの神に共通して見られるリングを持っているのでトラトックの神であろうと考えられた(トラロックは、目にゴーグルをしているように丸いリングを身に付けている。「四角い頭」においては、目の上にリングの部分だけが描かれるという違いはある)。
また、「四角い頭」は、「うろこ」のような細かい四角によって表現されていること、そして長い牙があることなどからワニを描いたのではないかとの解釈もあった。
さらに、タブレロ部分に描かれている要素をみると、2項対立的な要素に分類できる。
すなわち、「丸い要素=羽毛の蛇の頭」と「四角い要素=四角い頭」に分類できる。さらに「羽毛の蛇の頭」の首の部分には、花弁のようなものが描かれるので、これは「雨季」あるいは「豊饒」のシンボルを意味し、一方、「四角い頭」は、アステカの図像に描かれる「火の蛇」であり「乾季」を意味するのではないかと考えられた。
また、これらの図像は「水」、「豊饒」というものとは関係なく、「貝」や「羽毛」が示すのは、「交易」や「富」を意味しているとの解釈もあった。
このようにケツァルコアトルの神殿に刻まれた彫刻に関しては、さまざまな解釈が述べられてきたが、最近ケツァルコアトルの神殿を発掘した杉山氏によって「四角い頭」に関して新たな解釈がだされた。
<最近の解釈>
杉山氏は、テオテヮカンの壁画の図像と比較しながら、「四角い頭」を王権のシンボルである「頭飾り(王冠)」と考えた(Sugiyama 1992)。
「四角い頭」の正面図をみると(図3-3-3、 Fig2)を見ると、4つの丸い要素がある。上2つは、装飾されていない丸い要素(ゴーグル)、下2つは丸い要素のふちの部分が渦巻きで装飾されている(下の2つの丸=羽毛の蛇の目)。
「四角い頭」は動物の上顎だけが表現、その上に「鼻飾り」がある(3-3-3、Fig.2、A)。この「鼻飾り」は、「頭飾り」を構成する要素として、しばしばテオティワカンの壁画の中に見られる。また、羽毛の蛇の要素を持つ動物の頭を表現した「頭飾り」を身につけた人物も壁画にはある(図3-3-3、 Fig.3)。
次に、2つの側面に見られる羽毛の部分も「頭飾り」では典型的な要素である(図3-3-3、Fig.2、 B)。台形上の部分(図3-3-3、Fig.2、C)は「頭飾り」を付ける時に使うベイルのようなものと考えられ、表面の鱗のような装飾は、「頭飾り」の布の部分(一般的には貝のようなもので装飾される)と考えられてる。
また、テオティワカンの壁画には、「頭飾り」が、人物に付けられず単独で出現するケースも多くあり(図3-3-3、Fig.3)、いくつかのものは羽毛の蛇の胴部に表現される。
したがって、この一連の彫刻は、次のように解釈される。
第一のモチーフは、水の中を泳いでいる羽毛の蛇(タルー部分に描かれている)であり、これは神殿の入り口の階段部分に描かれる。さらにその羽毛の蛇は、王権の象徴である「頭飾り」を運んでいる。この「頭飾り」は、アステカの260日暦の最初の日を表すCipactli(爬虫類の図像で表現される)を意味する可能性も指摘されている。
以上のことから、この一連の図像は、以前解釈されていたような2項対立的な要素を示しているのではなく、紀元後150-200年ごろにテオティワカンの世界が確立(頭飾り=王権の確立、時を定める=世界の確立)したことを示している。さらのこの王権は、ピラミッド内部から発見された生贄の墓から考察すると、かなり軍事的色彩が強かったことも指摘されている。
Sugiyama 1992より引用
https://tuins.tuins.ac.jp/~satoh/n_w_a2002/n_w_a2002_3-3.htm