メソアメリカ諸資料
ベリーズ南部カヨ郡、マヤ山地、モパン川の上流に位置するマヤ文明の都市国家であった。
その「首都」(現カラコルの遺跡)は、オシュウィツア(Oxhuitza「3つの丘の水」)と呼ばれていた。A.D.330年頃から石碑に王朝の歴史が刻まれていたことが判明している。カラコルは、当初ティカル(Tikal)に従属する国家であって、ヤハゥ=テ=キニチ(「太陽神の王」)2世(「支配者3」、「水王(Lord Water)」とも呼ばれる。)は、ティカルの王の後見のもとで、553年に即位するが、カンペチェ州にあるカラクムル(Calakmul)と同盟し、562年の「星の戦争」で、ティカルを攻撃して、打ち破った。680年にナランホに攻撃されて破壊され略奪されるまで繁栄した。
1930年代に遺跡が発見され、1985年以降、セントラルフロリダ大学のチェイス(Chase)夫妻らによって大規模な調査が行われている[1]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B3%E3%83%AB
ベリーズ南西部、グアテマラ国境に近いので、ティカール遺跡に匹敵する規模の神殿が建てられているのです。紀元前300年から紀元後800年頃までに反映した古代都市カラコル。最盛期には15万人もの人が暮らし、マヤ地域の中心的な式典を催していたと言います。
カーナと呼ばれる高さ43メートルもあるピラミッド状の神殿は、周りを緑のジャングルに囲まれて幻想的なムード。石の階段を上まで登ることができました。上からの見晴らしはまさに絶景。点在する遺跡が、かつて最盛期にはドーム屋根が付いていて屋根には赤白黄色黒と言った色が塗られていたとか。今は本物の廃墟。ここにかつて15万人の古代の人々が暮らしていた、想像するだけで不思議な気分に浸ります。しかもガイドさんの説明は続きます。
「水が足りない時は生贄として赤ん坊や小さな子供の心臓を儀式として使ったとか、残酷な史実があるのです」
https://www.fivestar-club.jp/media/abroad/south-america/11761/